エッセイ

低調

人生は波だ。という台詞は今思いついたのだけれど、案外悪くないなと思ったので、文章を書くことにした。

人間の調子というのは不思議なもので、つい昨日までは私のいる場所こそが世界の中心なのである。と言わんばかりに、鼻息荒く自信満々だったのに、ふとしたことから、あるいは、いつのまにか自信も自己愛も無くして、すっかり調子を落っことしてしまうことがある。

調子が悪いからといって、社会の波は止むことなく押し寄せてくる。ぼくらの都合なんて素知らぬ顔だ。

なので、社会の波に溺れないように顔だけはかろうじて海面から出しているのだけれど、なにぶん低調な時というのは海面から顔を出すのさえ億劫になる。

もういっそ、やめてしまおうか。と思うのだけれど、溺れて苦しいのはもっと億劫なので、やはり顔だけはアシカのように出して呼吸している。

やれやれ、こんな時はいったいどうしたものかと頭を悩ませていると、”そういえば”とひとつ思いついた。
波には押して返すほかに、満ちて引くという機能がある。

今は調子が引いてしまっているだけなので、満ちるのを待とうではないかとか、そんな話をしたいわけではもちろんない。

人生は波なのであって、満ち潮だけが人生ではないというのが味噌なのだ。

塩に味噌になんだかラーメンじみてきた。仕方ないから、帰りにお気に入りのラーメン屋さんで粉落としでも一杯あおって、人生が満ちてくるのをじっと待とうじゃないかと思う。

僕は祈る。どうか人生がラーメンじゃないことを。
飲み干したスープは満ちてはくれないからね。

不調だ。

うるせー。

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maru
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オーマイガー東京(編集長)/キグルミだ熱狂(gt, 作詞作曲)/新卒2年目エンジニアです。赤坂と浅草におります。最近作った→ https://lgtmeow3.tokyo